ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法は、ユダヤ人の精神科医フレデリック・パールズと妻のローラによって創られた心理療法です。「ゲシュタルト(Gestalt)」という言葉は、ドイツ語で「統合された全体の構造」を意味しており、人間を統合された有機体としてとしてとらえることを主張した考えです。
提唱者:フレデリック・パールズ Frederick Perls (1893-1970)
人物紹介|フレデリック・パールズ
ゲシュタルト療法では、変化させることのできない過去や未来、ここではない場所について問うことはなく、行動によって変化させることのできる「今ここの気づき」を大切にします。結果として、今この瞬間に気づくことで自分を知り、自分の選択と責任によって統一されたパーソナリティを確立、そしてイキイキと生きていくことが療法の目的です。
この目標となる人物像をパールズは、「統合された人格」と呼んでいます。治療技法では、ホット・シートなどが知られており、グループワークショップとして行われることの多い治療法です。
今・ここ
繰り返しになりますが、ゲシュタルト療法は「今ここの気づき」を大切にします。「今」とはこの瞬間であり「ここ」とはまさにこの場です。そして「気づき」とは自分自身を知ることだと言えます。今ここの気づきを得ることで、過去に縛られることや明日に悩むことなく生きられると考えます。
内的な気づきと外的な気づき
- 身体感覚(痛み・空腹・だるさ・呼吸・凝り)
- 感情(嬉しい・楽しい・悲しい・辛い)
- 非言語(姿勢・表情・声のトーン・極微筋肉)
普段は意識することのない感情や身体の状態を意識できるように働きかけます。何か気づくことがあれば強調したり、繰り返すなどして感覚や感情の意味を理解することが「気づき」につながっていきます。
パールズは、無意識的な反応である非言語にはあらゆる情報が表現されており、それぞれに意味があると考えました。非言語という自分の意識していない行動を知ることは、抑圧している感情や問題を理解する一番の近道となりえるということです。
そのため、面接ではカウンセラーが細かなクライエントの反応に気づきフィードバックすることが必要になります。
- 五感(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)
人は外的な世界を認識するために五感を使っていますが日常で認識しているのはごく一部分だけです。見る、聞く、触れる、嗅ぐ、味わうことを通して今ここを取り巻いている環境や世界に気づくことをします。
ゲシュタルト療法では、身体感覚に耳を傾け(内的な気づき)外的な世界を理解(外的な気づき)します。言いかえれば、あるがままの自分に正直になることです。
図と地
ゲシュタルト療法の考え方の一つに「図」と「地」の関係があります。図と地の概念を典型的に表現しているのが「ルビンの壷」です。ルビンの壷は、焦点を合わせる位置によって『壷』にも見えるし『向かい合った二人の横顔』のようにも見えるという図地反転図形です。
ルビンの壷が向かい合った二人の横顔として見えているのであれば顔が「図」になり背景に退いた壷は「地」となります。人が焦点を向けている部分を「図」とし、焦点を向けていない全ての環境を「地」と捉えます。「図」は「地」があって初めて「図」として認識されます。そして、別の事柄が「図」となれば元の「図」は「地」になります。
例えば、「職場の人間関係が苦痛で会社に行くのが嫌です」とクライエントが発言しているとすれば、ここでの「図」は職場の人間関係であり苦痛な気持ちです。
私たちは、日々さまざまな欲求を体験しています。一つ一つの欲求はその人の経験(地)の中から選択され「図」として意識されます。欲求が「図」として意識されると、それを満たすために外界と交わりつつ行動をします。空腹ならば食事が、疲れていれば休みたい気持ちが「図」として意識されることになります。
こうした欲求が満たされると、それまでの「図」は「地」(背景)へ退き、新たな欲求が「図」となって現れます。人は、このように「図」と「地」をうまく転換することでバランスのとれた状態を保つことができます。
「ルビンの壺」は、視覚によるゲシュタルト構成の例ですが、音楽など聴覚もゲシュタルトを作ります。また、そうした外界だけではなく、自分の内界である体感覚もゲシュタルトをつくっています。
不健全なパーソナリティ
物事の焦点が定まらず、上手く「図」と「地」の展開ができなかったり一つのゲシュタルト(図と地)に固着して、周りが見えない状態は好ましくありません。先の例であれば、会社で感じた不快な気持ちを納得しないまま無視したり、抑圧すればその感情は「図」として留まり、何度も繰り返し不快な気持ちを再体験させます。ゲシュタルト療法では、それを「未完の問題」と言います。
「未完の問題」の例:コンプレックス
一つのゲシュタルト(図と地)が留まると、とても行動的になったり、落ち込んだり、非常に感情的になることがあります。さらに「未完の問題」を抱えると新しいゲシュタルトをつくることが難しくなるのです。
不快なことや辛い気持ちは「図」になりやすいため、そうした事ばかりを「図」にしてしまえば、人は病理的な状態へ陥ります。しかし、ゲシュタルトを柔軟に転換することができれば、病理的な状態を避けることができます。
自分の外界でおこる出来事や他者と対した時に、不快な事柄や欠点に焦点を合わせることを避け、「図」と「地」を意識してプラスの面や長所に焦点を合わせて「図」にすることが大切です。
「図」と「地」を柔軟に選択し、新しいゲシュタルトを作り続けることが人間的な成長です。そして、成長を妨げる問題を「今ここ」の気づきを通して完結させるのがゲシュタルト療法です。
健全なパーソナリティ
ゲシュタルト療法の理想的なパーソナリティ(治療目標)は、「統合された人格」です。それは、自由にゲシュタルトをつくり、自在に「図」と「地」を転換できる人と言えますがそうしたパーソナリティには3つの特徴があります。
1.今、ここを生きていること。
人間は今この一瞬だけを生きているのであって、変えることのできない過去に縛られたりまだ来てもいない明日に悩むことは意味の無いことです。「遊ぶ時は遊ぶ」と言うように、遊ぶ時はテストや会議のことを忘れ、授業や仕事では逆に遊びを忘れる。それは、ゲシュタルトを自在に転換できているということです。今以外の時間や他の場所を生きることを望みません。
2.自分に正直でいられること。
自分の感情を歪曲したり抑圧したりしないこと。喜怒哀楽を素直に表現し、嬉しいことがあれば徹底して喜ぶ。また、辛いことや悲しいことから逃げることなくその感情になりきれること。また、他人の評価や道徳に巻き込まれることなくあるがままの自分で生きていること。
3.責任のある行動をしていること。
ゲシュタルト療法では、自らの行動に対して自らが責任を引き受けるように仕向けます。「彼がそうしたから自分もそうした」、「彼女が言ったからその通りにした」と言えば全ての責任は他人です。どんな時も自分の行動には自分が責任を持ち「自分がそうしたいからそうした」と考えます。自分の行動に責任を取ることを避け、それを、他者や過去になすりつける行為は本人へ無力で依存的なパーソナリティを養うことになるのです。
ゲシュタルト療法での責任とは、「自分の主は自分である」と自覚していることを意味します。自らの行動を自らが選択していることに気づくことは、主体性を回復し自他への信頼を回復します。不健全なパーソナリティを維持していると、新しいゲシュタルトの創造(成長)を妨げることになりワンパターンのゲシュタルトがいつまでもループすると考えられます。そこで、ゲシュタルト療法は、クライエントの言動に直接かかわりゲシュタルトの転換と創造を援助します。
ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法の特徴は、クライエントの抱えている問題を軽減しようとか解決しようとは考えないことです。忘れてしまおうとして排除してきた自らの側面(地)を取り込んで、主体的で自由な状態を創り上げ、人間的な成長を目指します。
分析や解釈を避け、クライエントの自然な心の流れを尊重
特にクライエントの無意識的な身体表現に注目し、フィードバックします。しかし、なぜ腕を組むのか、なぜ重心がずれたのか、といったことについて解釈を入れたり説明することはありません。「今ここ」の自分に気づかせ、意図ある身体表現の意味に自ら気づくことが統合された人格への成長に繋がります(変化の逆説)。
※変化の逆説:あるがままの今を知ることで自然と変化すること。
では、どのようにして「あるがままの自分」に気づくのか?それをおこなうのがゲシュタルト療法で用いられる技法です。
カウンセリング技法
主な技法
エンプティチェア
誰も座っていない椅子を用意します。その椅子にクライエントが何かを伝えたいと思う人物が座っていると仮定し、伝えることのできなかった想いや感情を伝える技法。例:父親から虐待を受けて育ったクライエントが男性恐怖を抱えていたとする。クライエントの前に用意されたエンプティチェア(空椅子)には当時の父親が座っているとイメージして噛み殺していた想いを伝える。カタルシス効果が強く期待できる技法です。
ホットシート
クライエントを5~10名程度で囲み、クライエントの欠点や短所を伝えるといった特殊な技法。抑圧している問題を強制的に意識化する効果がある。
ドリームワーク
ゲシュタルト療法では夢に統合されていない自己が存在していると考えます。このワークは夢を記録し夢の中で起こった事をクライエントに演じてもらいます。夢を体感することで必要な気づきを促します。
ロールプレイ
特定の人物や特定の状況になりきり演じ体感することで問題の解決を図る方法。「できないことをする」「未完遂のワーク」「役割交換」「発言内容と反対のことを言う」などがある。
ロールレタリング
一人二役で手紙を交換する方法。カウンセラーは秘密が守られていることを伝え自由な告白を許可し支持する。これまで表に出せなかった想いを出し切るまで継続する。
トップ・ドッグ/アンダー・ドッグ
葛藤への対処に用いられる技法。「~すべき」「~してはならない」というトップ・ドッグと「~したくない」「~はイヤ」といったアンダー・ドッグをエンプティチェアーなどを使って葛藤を中和(センタリング)します。
事実と感情表現
ゲシュタルト療法では感情を体感することを大切にします。Cl「今日の午後は掃除のあと子供を迎えに行き夕食の買い物へ出ました。」Co「それで何を感じましたか?」というように事実を語ったあとに何を思ったのか感情を表現させる。
ゲシュタルトの祈り
パールズによるゲシュタルトを表現した詩です。
「ゲシュタルトの祈り」
I do my thing, you do your thing.
私は私のことをする、あなたはあなたのことをする。
I am not in this world to live up to your expectation.
私はあなたの期待に応えるために、この世に存在しているのではない。
And you are not in this world to live up to mine.
あなたも私の期待に応えるために、この世に存在しているのではない。
You are you and I am I.
あなたはあなた、私は私。
And if by chance we find each other,it’s beautiful.
もし、お互いが出会えたのであれば、それは素晴らしい。
If not, it can’t be helped.
出会わなければ、それはそれで良い。
Frederick Perls
フレデリック・パールズ
〈原文:ドイツ語〉